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軽井沢の歴史-01

 明治19年(1886)軽井沢にはじめて避暑にやってきたイギリス人宣教師アレキサンダー・クロフト・ショーは、軽井沢を「屋根のない病院」と呼びました。冷涼な高冷地気候、強い紫外線、澄み切った大気、うまい清潔な水、線の豊かな森林など、自然に恵まれた軽井沢高原に、北越地方の布教の帰途に立ち寄ったショーは、西欧的な風土にみせられて、同年7月旧軽井沢の高林宅を借りて、一夏を過ごしました。

 避暑地として一世紀の間大きく発展した軽井沢は、現在わが国を代表する保健休養地(リゾート)となりましたが、天然のサナトリウムとしての意味をもつ「屋根のない病院」というショーの言葉は、現代の軽井沢の風土を端的に表現しています。

 軽井沢の自然が避暑地に適しているのは、盛夏でも涼しい高冷地だからです。軽井沢の最暖月(8月)の平均気温は20・5度で東京に比較して5・5度ほど低いです。さらに旬別の平均気温をみますと、もっとも高いのは8月上旬の21度で、東京の6月中旬に当たります。また最高気温の平均は8月上旬と中旬で、26度にすぎません。

 東京でもっとも快適な初夏の気候が、軽井沢では盛夏でも維持されています。また軽井沢の8月の平均気温は、北海道の札幌より1・2度も低いです。

 軽井沢の高原は、標高が950〜1000メートルですが、標高の割合以上に盛夏に涼しいのは、中央高地と関東平野の接点にあって、いわゆる霧下の気候になるからです。霧の発生日数は、7月には23日、8月には20日に達しています。この霧は多くの場合、午前中太陽の直射日光をさえぎり、気温を低めています。

 夏の冷涼気候は避暑はかりでなく、産業活動にも利用されていました。戦前東京の謄写版原紙製造企業は、夏の間軽井沢で操業したことがありました。主要原料の蝋が溶けますので、軽井沢で生産すると良質な謄写版原紙をつくることができたといいます。

 一方、最寒月(1月)の平均気温はマイナス4・2度、旬別にみると2月中旬で、マイナス4・8度に達します。したがって天然氷利用のスケートが、12月下旬から2月末までできます。かつては天然氷の採取が、町の重要産業でした。
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